うつ病サラリーマン社会復帰ブログ

パニック障害、うつ病を抱えながら勤務したものの、閉鎖病棟へ入院。休職を経ていきなりの退職勧奨、ゼロからの転職活動にて現職場で社会復帰しました。休日は育児、さらに家計管理の大切さを痛感し、少しでも黒字化、貯金、投資ができるように模索しております。

うつ病にて閉鎖病棟入院生活

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 片道切符の旅から強制帰還して翌日出社、上司に病院へ行くよう指示があり、それが会社に足を踏み入れた最後となりました。そこから数日間、総合病院で入院、その後は少し離れた精神科の閉鎖病棟へ入院となりました。

 

 思いのほか、施設は綺麗で日当たりもよく、ただ、厳重な扉、看護師の24時間体制での管理、など色々と考えさせられる環境でした。部屋にテレビがあり、スマホも持ち込み可能だったので、とにかくゴロゴロしていました。食事はなかなかの味とボリュームで、それだけが楽しみでした。ロビーには大きなテーブルやイスが設置されており、患者さん同士でお話しやトランプをしている人、など交流されてました。

 

 私は人と話す気力は無く、一週間ぐらいはお見舞いに来てくれた妻と担当の看護師さんぐらいしか話はできませんでした。妻からは本の差し入れをしてもらい、読書ばかりしていました。ちょうど世間では、相撲界の暴行事件のことで賑わしており、普段ニュースはほとんど見ないですが、その動向が気になり、ほどよい時間潰しになりました。

 

 一週間ほどすると、他の患者さんから話し掛けられることが増え、話すことが少しづつ増えてきました。自分以外で心の病を抱えた方と接するのは初めてで、どこまで接していいか分からず、必要以上のことは話さないように心掛けておりました。

 

 あとは、とにかく仕事を放置して置いてきてしまった、という思いが強く、思い付く限りの仕事の引き継ぎ事項をノートに書き込みし、妻から会社へ渡してもらうようお願いしました。会社側と妻とはやり取りしてもらっており、とにかく仕事のことは考えず、ゆっくり休んで欲しい、との指示がありました。

 

 私もそれを聞いて安心し、なぜこういう事態になってしまったのか、なぜ妻をこんな目に遭わせてしまったのか、なぜ一番頑張らないといけない時期にこんなことをしているのか、とにかく物思いにふけっておりました。

 

 次第に悩んでも悩んでもしょうがないと思い、とにかく早く退院して、職場に戻ろうと考え始めました。二週間ぐらいすると環境に飽きが来て、早く外の世界へ出たいという思いが強くなりました。

 

 結局入院は一ヶ月間となり、すぐに職場復帰を考えてましたが、会社側の厚意により、もう少し休むこととなりました。主治医の提案で同じ病院にて、リワークプログラム、いわゆる社会復帰訓練を実施しており、そこでリハビリを兼ねてから職場復帰しても決して遅くはない、と勧められました。

 

 ただ、内心は少し焦りもあり、一ヶ月ぐらい通ってすぐに職場復帰を考えてました。その頃は、傷病手当金自立支援医療の申請を済ませ、金銭的には何とかなり、珍しく国のシステムに感謝しました。

 

 この焦りとは裏腹に、長い長いリハビリが始まるのです。